MEKHANES NAVISメーカネース・ナーヴィス

18 公開処刑

第十八話 公開処刑  目を開ける前に、拘束具の数を確かめた。  両手首に二つ。肘、肩、足首、膝、腰、首。  背中には冷たい板があり、そこから細い針が何本も変身衣装の隙間へ入っている。  呼吸はできる。指も動く。  けれど、マナを集めようとすると針の先が熱を持ち、身体の内側で生まれた力を吸い上げていった。  反包絡場は、まだ動いている。  唇に触れた感触まで思い出してしまい、奥歯を噛んだ。  あれは接続ではない。  ノワルミアは何も流し込めなかった。ただ、私が使った技の形だけを奪って、勝利の印にした。  そう分かっていても、吐き気は消えない。  「起きたか」  ノワルミアの声に、目を開ける。  謁見室は処刑場へ作り替えられていた。  玉座の前に高い台がせり出し、私はそこへ立たされている。拘束台は床と一体化し、首の後ろから伸びた黒い支柱が、倒れることも許してくれない。  左右には親衛個体が四体。二体減ったのではなく、私が壊した六体のうち四体まで再生したのだろう。頭部や腕の一部はまだ濡れた肉のままで、黒い装甲がゆっくり表面を覆っていた。  ノワルミアは玉座へ座っている。胸元には私がつけた傷が残り、ドレスの裂け目だけが新しい布で塞がれていた。  その横で、スキップ博士が端末を操作している。  「血圧は低め。鎮静剤が少し残っているね。処刑には問題ない」  「死ぬ側の問題を、あなたが決めないで」  「会話も明瞭。結構」  博士は満足そうに記録へ印をつけた。  謁見室の上空へ、無数の通信窓が開く。  星系各地の報道回線。企業間通信網。公共救難回線。軍用帯域まで、許可を取ることなく接続されていく。  最初は砂嵐だった画面へ、少しずつ人の顔が現れた。  避難施設。  宇宙港。  企業の会議室。  幻想公司の管制室。  どの画面にも、私が映っている。  傷だらけで、手足と首を固定され、処刑台へ立たされた私。  自分の姿なのに、三年前の記録を見ているようだった。  違う。  あのときは、誰も見ていなかった。  今は、見ている人がいる。  ならば、使える。  「全回線、接続完了」  エグジラの機械音声が告げる。  ノワルミアが立ち上がった。  「星間歴三八二一年、涜船エグジラに対する無法な侵略行為について、オブリビオン・インダストリーズ代表として声明を発する」  幼い声が、何千何万もの通信先へ流れていく。  「幻想公司所属、カワイイスパイスは、妾の招請へ応じながら契約を破り、弊社施設を破壊した。生体資産を損壊し、従業員を殺害し、正当な企業活動へ重大な損失を与えた」  随分と便利な説明だ。  攫った子供も、培養槽の中にいた実験体も、最初から存在しなかったことにするらしい。  「よって妾は、この者を企業間戦時協定に基づき処刑する。ただし、幻想公司およびコーポ・アレスが次の条件を受諾するならば、刑の執行を猶予してもよい」  通信窓の一つへ、条件が並ぶ。  全軍撤退と損害賠償。私の所属放棄と、アレスの敵対行為停止。  最後に、両社がオブリビオンの生体資産に関する所有権を承認すること。  「生体資産って、私といおどのこと?」  声を挟むと、通信窓のいくつかで人影が動いた。  ノワルミアがこちらを見る。  「発言を許した覚えはない」  「公開処刑なんでしょう。処刑される人が何をしたか、本人にも説明させたら?」  「黙れ」  「私がここへ来た理由から話そうか」  親衛個体が近づき、腹へ拳を入れた。  身体を折ることもできない。  拘束具へ引き戻され、喉の奥から空気だけが漏れた。  痛みが遅れて広がる。  それでも、顔を上げる。  「六歳の子供を、攫ったから」  今度は、はっきり言えた。  「名前は黑入鹿いおど。幻想公司の保護下にある魔法少女候補生。あなたたちは、その子を人質にして、私を単騎で呼び出した」  ノワルミアの指が動く。  通信窓の半分で音声が切れた。  残りには届いた。  全部を遮断すれば、公開処刑の意味がなくなる。私を黙らせながら、自分の脅迫だけは見せなければならない。  手間をかけさせる。  一秒でも長く。  「証拠のない妄言じゃ」  「じゃあ、いおどを映して」  私は玉座の背後にある監視画面を見る。  そこには今も、拘束台で眠る小さな影が表示されている。  私が残した偽の心拍は、一定の間隔で脈を打っていた。  ノワルミアは笑った。  「望みどおりにしてやろう」  監視映像が全回線へ重なる。  白い台。  細い腕。  顔の半分を覆う呼吸器。  粗い映像なら、本物に見える。  「黑入鹿いおどは、現在も妾の管理下にある。諸君が条件を拒むならば、カワイイスパイスに続いて処分する」  通信先から怒号が返る。  回線を切られた誰かが、別の帯域から接続し直している。幻想公司の識別符号も、コーポ・アレスの軍用暗号も見えた。  まだ来ない。  ピュリファイアへ送った合図は届いた。  いおどはルノフェットと一緒に保守港へ向かった。あれからどれだけ経ったのか、薬で眠っていた私には分からない。  脱出できた?  途中で見つかった?  考え始めると、偽物の心拍まで本物に見えてくる。  信じる。  あの手を、ルノフェットへ渡した。  助けを求めることを、恥じないと決めた。  だから今は、私の仕事をする。  「回答期限は?」  「十分じゃ」  「短くない?」  「貴様の命は、それほど高価ではない」  「いおどは?」  「商品価値を損なわぬ方法で処分する。器官も、骨も、魔法適性も利用できよう」  胸の奥が冷たくなる。  分かっている。  映っているのは偽物だ。  それでも、その言葉は六歳のいおどへ向けられた。  拘束具の中で拳を握る。  指が掌へ食い込み、痛みが今を教えてくれた。  「そう」  できるだけ静かに答える。  「じゃあ、十分後に後悔して」  ノワルミアの目から笑みが消えた。  「まだ自分が救われると思うておるのか」  「どうかな」  「貴様の艦隊は動けぬ。人質が生きておる限り、幻想公司は攻撃できず、アレスも企業間協定を無視できぬ」  スキップ博士が、処刑台の脇で小さく笑った。  ノワルミアが振り向く。  「何がおかしい」  「いや。君は、自分に見えているものを信じるのが得意だと思ってね」  「妾を愚弄するか」  「観察結果を述べただけだよ」  博士は私を見る。  あの黒いレンズの奥で、何かに気づいている。  いおどの映像が偽物だと知っているのか。  それとも、私の顔から読んだのか。  どちらでもいい。  博士はノワルミアへ教えない。  結果がどう転ぶかを見るために。  処刑台の前へ、細い刃が降りてくる。  金属ではない。エグジラの生体組織が作った、半透明の骨刃。表面には赤紫のマナが流れ、触れたものをマナごと裂くよう調整されている。  首を落とすだけの装置ではない。  私の生体マナ場を分断し、淫魔器官との接続ごと壊すつもりだ。  表示された残り時間は、八分を切っていた。  「屈服するなら、今のうちじゃ」  ノワルミアが処刑台へ上がってくる。  近づかれると、唇がまた冷たくなった。  顔へ出すものか。  「妾の所有を認めよ。全回線の前で、自ら帰属を宣言するならば、処刑を取りやめてもよい」  「いおども助ける?」  「従順であれば、傍へ置くと言うたであろう」  「私たちを二人とも飼うのね」  「悪い条件ではあるまい」  私は黙った。  沈黙を、ノワルミアは迷いだと思ったらしい。  傷の残る胸を張り、私の頬へ手を添えた。  「ようやく理解したか」  違う。  通信窓の端で、見覚えのある白い火が揺れた。  最初は小さな点だった。  回線を遮断する赤紫の膜へ触れ、音もなく燃え広がる。  暗号鍵を焼き、偽装識別を焼き、エグジラが積み重ねた接続制限だけを選んで消していく。  新しい通信窓が開いた。  白い髪。  蒼の瞳。  整った顔には、いつもの微笑みがない。  ピュリファイアが、全星系を見返していた。  「交渉中に失礼いたしますわ」