07 ワイバーン迎撃圏
第七話 ワイバーン迎撃圏
「上等よ」
星の光を埋めた翼の群れへ、大鎌を向ける。
その瞬間、高速連絡機が爆発した。
私がさっきまで乗っていた桃色の機体へ、十二基のマナ砲台が一斉に火を吹いた。
砲口から放たれた赤紫の光は、最初こそ細い線に見えたものの、飛ぶほど速度と輝きを増し、指定航路を進んでいた機体を左右から貫いた。
船体が膨らみ、砕ける。遅れて復相衝撃が開き、金属片と炎を球状に押し広げた。
「ああ」
スプーン。
名前も形も少し間が抜けていたけれど、ちゃんとここまで運んでくれた。
ピュリファイアが用意してくれたりんご味の栄養剤も、予備が一袋残っていた。
「帰ったら怒られるなあ」
誰に、とは考えない。
爆炎の下を抜ける。こちらを見失っていた砲台が、遅れて砲身を下げ始めた。
狙い直される前に、右手の大鎌を消す。
両手を前へ。
掌の間へ薄桃色のマナを圧縮し、十二の小さな球へ分けた。
砲台と同じ数。狙いは機関部ではなく、砲口の内側に露出した収束環。
撃つ。
桃色の光が散開した。
距離は十八キロ。
射出直後の速度では、砲台まで届く前に迎撃される。それでいい。
純粋なマナ弾は飛びながら加速し、途中で軌道を変えない。
初期方向を見れば、狙いは分かる。エグジラの迎撃装置は十二発の弾道を計算し、砲口の正面へ障壁を張った。
その間に、私は下へ降りる。
砲台ではなく、外殻へ向かった。
十八キロを飛び切ったマナ弾が障壁へ衝突する。通常空間へ崩れた光が位相剪断を撒き散らし、十二枚の障壁を桃色に染めた。
一枚も抜けない。
でも、砲台は撃てない。
自分の障壁を挟んで砲撃すれば、収束環まで巻き込む。
解除し、再照準し、私の現在位置を探す。その数秒を買えたなら、十分だった。
エグジラの地平線が迫る。
遠くから都市に見えたものは、近づくにつれて形を失っていった。
塔には窓がなく、黒い外壁の隙間で赤い筋肉が脈打っている。砲台の基部へ太い血管が繋がり、外殻を走る道路は、乾いた皮膚の裂け目に似ていた。
生きた星へ降りる。
三年前と同じ匂いがした。
消毒薬。焼けたマナ。培養液。
真空のはずなのに、鼻の奥へ蘇る。
喉が狭くなった。
息を吸う。
変身衣装の循環術式を通った空気は、冷たくも温かくもない。
ここは手術台ではない。
私は拘束されていない。
右手を握れば、ちゃんと動く!
大鎌は応える。
薄桃色の刃が広がり、握った柄の感触が呼吸を戻してくれた。
「いおど」
名前を呼ぶ。
待っていて。
今から、少しうるさくする。
◆
最初に届いたのは、ワイバーンの射撃だった。
百を超える黒い翼が三層に分かれ、エグジラの外殻に沿って旋回する。
上層は砲撃、中層は迎撃、下層は突撃。先頭の個体が口を開くと、喉の奥に赤紫の光が集まった。
距離は十キロ。
まだ避けられる。
一斉射。
黒い群れから無数の光が放たれた。
相も変わらずマナ弾は真っ直ぐ飛ぶ。
だから、射出された瞬間にいた場所から離れればいい。問題は、遠くから撃たれた弾ほど速く、重くなることだった。
翼を畳み、外殻へ向けて落ちる。
頭上を抜けた光が、遅れて空間を震わせた。何発かは私の移動先を予測して下へ向かっている。射線を見比べ、右へ切り返す。
正面から、別の光が来た。
避ける。
また一発。
避けた先へ、さらに三発。
「多いって」
障壁を斜めに張る。
正面から受け止めない。
薄い境界面へ浅い角度で触れさせ、復相位置を横へずらす。赤紫の光が桃色の障壁を滑り、外殻へ落ちた。
黒い地面が内側から裂け、肉と装甲の混ざった破片を噴き上げる。
残る二発は避けきれなかった。
障壁へ直撃し、視界が白く染まる。衝撃で身体が浮き、外殻から離された。
まだ、痛みはない。
障壁の表面へ細かな亀裂が走っている。
二発でこれなら、受け続けるのは無理だ。
ワイバーンの二射目が始まる。
今度は全個体が同じ場所を狙っていない。弾着の時刻をずらし、私の周囲へ網を作ろうとしていた。
ちゃんと考えて撃ってくる。
生体兵器という呼び名から、使い捨ての獣を想像してはいけない。
あれらは飛び方も、撃ち方も教え込まれている。命令された戦場で死ぬために。
なら、教師から潰す。
群れの奥を見る。
上層と中層の間に、他より一回り大きな個体がいた。
首の左右に半透明の膜が広がり、発光するたび、周囲のワイバーンが隊列を変える。
指揮個体。
距離は十二キロ。こちらからマナ弾を撃つには悪くない。
ただし、向こうにとっても。
大鎌を左手へ持ち替え、右の拳を引く。
腰を回し、肩、肘、手首へ力を通した。殴るための動きを、そのままマナへ写す。
拳を放つ。
薄桃色の気弾が飛んだ。
射撃を続けていたワイバーンが反応する。中層の群れが前へ出て、指揮個体との間へ重なった。
盾にする気だ。
私の気弾は、先頭の一体へ届くまでに十分な距離を飛んだ。胸部へ触れた瞬間、拳の軌道がその内側で復相する。
ワイバーンの胴が折れた。
後ろの二体を巻き込み、群れに穴が開く。
けれど、指揮個体までは届かない。
代わりに、射線が通った。
翼を広げる。
正面から来るマナ弾の間へ、自分から飛び込んだ。
最初の一発が左を抜け、次が右肩のすぐ外を通る。
後ろから追うように加速していた光は、直前で避けても曲がれない。初期条件を外せば、あとは過去の狙いに従って飛んでいく。
弾幕の内側。
ワイバーンとの距離が急速に縮まる。
十キロ。
五キロ。
一キロ。
ここまで近づけば、相手のマナ弾は十分に育たない。
代わりに来たのは、翼だった。
中層のワイバーンが身体を横へ倒し、硬化した翼端で切りつける。大鎌の柄で受けた。固体化マナと骨がぶつかり、甲高い音を立てる。
重い。
私の刃にはほとんど質量がない。切ることはできても、勢いまでは消せない。
押し負ける前に柄を滑らせ、翼端の下へ潜る。
すれ違いざまに鎌の刃を首へ通した。
肉を切る感触はない。
マナ境界の刃が、生体装甲と骨の位相を裂く。
ワイバーンの首が遅れてずれ、黒い血が球になって散った。
止まらない。
その死体を蹴り、次の一体へ飛ぶ。
口腔に光が集まっていた。撃たれる前に下顎を蹴り上げる。
閉じた口の中でマナ弾が復相し、頭部が内側から弾け飛んだ。
爆発を背に、さらに奥へ。
群れの中では、遠距離射撃の数を活かせない。
味方を避ければ射線が減り、避けなければ私より先に仲間へ当たる。
それでも、ワイバーンは退かなかった。
左右から二体が噛みつき、下から一体が爪を伸ばす。
身体を回しながら大鎌を振る。
刃を長くしすぎれば剛性が落ちる。
三体を一度に切れるぎりぎりまで弧を広げ、首、顎、前脚を順に裂いた。
黒い血が衣装へ降る。
障壁の表面で弾かれ、細かな粒になった。
正面に、指揮個体。
半透明の膜が激しく明滅する。退避命令ではない。周囲の群れが一斉に広がり、私との間に空間を作った。
嫌な空き方だった。
上を見る。
ハーピィがいた。
人に近い上半身と、翼へ変じた腕。
何十体ものハーピィが高く舞い、両翼から薄いマナの膜を散らしている。
私が睨み返した瞬間、膜は私と同じ桃色に染まり、外側へ飛んだ。
私固有のマナ署名だ。
当惑するハーピィを、即席の囮と変えた。
砲台が動く。
さっきまで私を見失っていた十二基の砲口が、ばらばらの方向へ向いた。
桃色の囮を一つずつ照準し、識別する。
そのうち三基が、私へ止まった。
「見つけた?」
砲口に赤紫の光。
ハーピィが散る。
ワイバーンも射線から離れる。
私は指揮個体のすぐ前にいた。
相手が私を盾にするのではなく、私が相手を盾にした。
指揮個体の膜が光る。周囲へ何かを命じたが、遅い。私はその胸へ左手を当て、障壁を小さく展開した。
押すための壁。
指揮個体の巨体が砲台の正面へ飛び出す。
三条の砲撃が届いた。
長い距離を飛んだマナは、ワイバーンの生体装甲も、内側に組まれた障壁もまとめて貫いた。
一発目で胸に穴が開き、二発目で上半身が裂ける。三発目は死体を抜けても勢いを失わず、その後ろにいたハーピィの群れを呑み込んだ。
指揮の光が消える。
隊列が乱れた。
私は大鎌を振り上げる。
十二基の砲台へ、指揮個体の死体を蹴り返した。
もちろん、届くはずはない。
砲台もそう判断した。
だけど、死体の陰から放った桃色のマナ弾までは、見えなかったらしい。
三発。
先ほど私を撃った砲台へ、一発ずつ。
収束環に命中する。
砲口の内側で位相剪断が起き、赤紫の光が行き場を失った。砲身が膨らみ、基部から折れる。二基はその場で爆発し、残る一基が隣の塔へ倒れ込んだ。
外殻が大きく揺れた。
エグジラの都市部で、赤い光が一斉に明滅する。
遠くの塔がいくつか暗くなり、代わりに私の周囲の砲台へ太いマナの流れが集まり始めた。
電力を回している。
星ひとつを動かすための力を、私一人へ。
「もっと」
息が上がっていた。
左肩の障壁は割れかけ、変身衣装の裾も焼けている。
胸の奥では心臓がうるさく鳴り、半淫魔化した身体が傷を塞ごうと熱を持っていた。
それでも、足りない。
私を見て。
いおどから目を離して。
ノワルミアは私が欲しいと言った。なら、この星の兵士も、砲台も、電力も、全部こちらへ向ければいい。
内部で何が起きているかは分からない。
誰かが助けに来ているとも思っていない。
ただ、私を殺すために外へ出たものは、いおどの傍にはいられない。
それだけで意味がある。
指揮個体は落ち、砲台も三基潰した。この一陣には勝った。ほんの数秒でも、これだけの戦力をいおどから引き離した。
「ここよ」
大鎌を両手で構える。
乱れたワイバーン群の向こうで、外殻がさらに開いた。
今度は門が一つではない。
黒い裂け目が地平線まで連なり、その内側から新しい翼がせり上がってくる。先ほどまでの群れより大きい。装甲を追加された個体。四本の腕を持つドラゴノイド。腹部へ砲管を埋め込まれたハーピィ。
都市の道路からも兵士が消えていく。
塔の照明が落ち、閉じていた隔壁が何枚か開いた。外郭へ回す何かを、奥から引きずり出している。
私には、その先までは見えない。
けれど、涜船エグジラが呼吸を乱しているのは分かった。
もっと乱せる。
翼を広げようとしたとき。
匂いがした。
甘い。
血と消毒薬と焼けたマナの中へ、熟れすぎた果物のような香りが混ざる。
変身衣装の循環術式は、外気をそのまま通さない。それでも匂いは鼻からではなく、舌の裏側へ直接触れてきた。
生体マナへの干渉。
新しい群れの奥。
ワイバーンでも、ハーピィでもない何かがいる。
薄桃色の翼が、私の意思より先に震えた。
背骨の内側を、熱が這い上がる。
喉が鳴る。
私は息を止めた。
止めたはずなのに、身体は甘い匂いを吸い込んでいた。