04 出撃不許可
第四話 出撃不許可
会議は、襲撃から三時間後に始まった。
夢船ピュアコットン、中央管制室。
天井には穴が開いたままで、応急処置の防護膜が薄桃色に揺れている。
壁際には破損した端末が積まれ、焦げた床には白線が引かれていた。そこから先は、まだ生体汚染の検査が終わっていない。
まともな会議室ではない。
けれど、別の場所へ移動する時間もなかった。
中央の円卓を挟み、幻想公司の人間が六人。立体映像で参加しているコーポ・アレスの軍人が四人。
私とピュリファイアは、幻想公司側の末席へ座らされている。
目の前に、オブリビオン・インダストリーズの主星、涜船エグジラの映像。
星図上では、小さな赤い点に見えた。
「繰り返します」
幻想公司の作戦部長が、私を見ずに言う。
「カワイイスパイスの出撃は認められない」
「理由は?」
「先ほどから説明している」
「納得してないから聞いてるの」
作戦部長の眉が動く。
四十代くらい。
幻想公司の正規制服を着た男。
知らない人ではない。魔法少女だった頃、何度か作戦承認を受けた。私の戦闘映像を広告へ使う際にも、契約書を持ってきた。
ただ、向こうは私と目を合わせようとしない。
三年前から、ずっとそうだ。
「理由の第一は、救出対象の安全だ」
代わりに、コーポ・アレスの統合艦隊司令が答えた。
映像越しでも分かるほど、肩幅が広い。
幻想公司の制服より、アレスの軍装のほうがずっと重そうだった。胸元には勲章ではなく、着脱式の装甲板が並んでいる。
「送られてきた映像を解析した。黑入鹿いおどの首に接続されていた装置は、生命維持と遠隔処分を兼ねている」
「処分」
「言葉を濁しても結果は同じだ。心肺補助、薬剤投与、神経遮断。あの装置一つで全て行える」
円卓の上に、いおどの映像が現れる。
眠っている。
首に細い管。
見たくない。
でも、目を逸らしたら駄目だ。
「解除は?」
「実物を調べなければ断言できん。外部から信号を送れば、処分機能を起動する可能性がある」
「私が直接外せば」
「そこまで到達できれば、だ」
士官が指を動かす。
赤い点が拡大した。
表面。
都市。
山脈。
違う。
山に見えたものは、装甲だ。
谷は宇宙船の外殻を走る放熱溝で、海のように広がっている黒い領域は、生体兵器を孵化させる培養層だった。
母船という呼び方が、急に間違っているように思えた。
船ではない。
星だ。
「全長は?」
「計測不能。推定値で、夢船ピュアコットンの六千倍以上」
誰かが息を呑んだ。
私は映像を見る。
外郭へ接続された宇宙港。
マナ砲台。
滑走している生体艦。
一つ一つが、夢船より大きい。
「確認できた軍事施設は八百七十二。艦艇数は最低でも二千。生体反応は母船自体の反応と混ざり、個体数を算出できん」
「その中から、いおど一人を探す」
「そうだ」
「だから、私が呼ばれた」
ノワルミアは、私を待っている。
少なくとも、到着するまでいおどを殺す理由はない。
「単独であれば、攻撃されない可能性があります」
幻想公司の技術者が口を挟む。
若い女性。
私の視線に気づき、すぐ端末へ目を落とした。
「先方の指定に従う限り、着艦経路を用意するはずです。カワイイスパイスさんなら、位置を特定したあとに――」
「却下だ」
アレスの司令が切る。
「誘拐犯の用意した経路へ、要求された人間を送り込む。それを作戦とは呼ばん」
「でも、他に方法は?」
「見つける」
「二十四時間で?」
返事がない。
背景時で二十四時間。
ノワルミアが指定した期限。
すでに、三時間。
残り二十一時間。
「コーポ・アレスは、いおどの救出を優先事項として扱う」
「いつ動くの?」
「情報が揃い次第だ」
「いつ揃うの?」
司令の目が細くなる。
「焦りは判断を鈍らせる」
「私の弟子がさらわれたからね。鈍りもするよ」
「だからこそ、お前を作戦へ参加させるわけにはいかん」
正しい。
正しいことしか言っていない。
腹が立つ。
◆
ノワルミアから送られた座標は、エグジラの表層へ接続する宇宙港を示していた。
映像を拡大する。
円形の接岸施設。
周囲に、十二基のマナ砲台。
滑走から復相した瞬間を撃たれたら、回避は難しい。かといって遠くで復相すれば、砲台へ辿り着く前に生体艦へ囲まれる。
「これ、最初から帰す気がないよね」
「言うまでもありませんわ」
隣のピュリファイアが答えた。
腕を組み、ずっと不機嫌そうにしている。
襲撃直後から着替えていない。白い外套には、まだハーピィの血が残っていた。
「対象の目的は、カワイイスパイスの再捕縛と推定される」
幻想公司の作戦部長が、資料を読み上げる。
「三年前、オブリビオンは彼女を実験体として利用した。その後、コーポ・アレスとの共同作戦で奪還している」
「幻想公司が置き去りにしたあとで、ですわね」
男は一瞬だけ止まり、資料へ視線を戻す。
「当時の作戦経緯の評価は、今の議題ではない」
「そう」
ピュリファイアの指が、円卓を叩いた。
小さな音。
でも、部屋中が静かになった。
「先ほどから、随分と冷酷ですのね」
「事実確認をしている」
「では事実を申し上げます。三年前、幻想公司は魔法少女一名を敵地へ置き去りにしました」
「当時の撤退判断は妥当だった」
「その結果、十六歳の少女が肉体改造を受けた」
「ピュリ」
「黙っていてください」
私に言った。
ピュリファイアは立ち上がる。
十八歳。
幻想公司の作戦部長から見れば、子供に近い。
それでも男は、わずかに椅子を引いた。
「三年を経て、同じ組織が同じ少女の家族をさらった。今度は出撃を禁じ、座って待てと仰る。実に妥当な判断ですわね」
「感情論だ」
「感情を計算から除外して、救出作戦が成立するとでも?」
ピュリファイアが笑う。
綺麗な笑顔。
誰かを追い詰めるときの顔。
「カワイイスパイスお姉様は、命令されれば大人しく待つと。本気でお考えですの?」
言わないでほしかった。
全員の視線が、私へ集まる。
アレスの司令だけは、少し笑っていた。
「なるほど。止める側ではなかったか」
「止めておりますわ。朝からずっと」
「成果は?」
「ご覧の通りです」
私は席へ座ったまま。
逃げ道を探す。
ない。
「まあ、でも。スパイスお姉さまは、行きません」
口にする。
ピュリファイアが細い目で私を見る。
「今すぐには」
付け足した。
言外の意味を、読み取った。
◆
会議は、三時間続いた。
結論。
私の出撃は認められない。
保有する全機体への搭乗権限は停止。変身バングルと武装は、幻想公司の管理下へ移される。
母船へ向けた大規模なマナ通信、艦隊移動、偵察機の接近も禁止された。
いおどの首にある装置は、連合軍の活動を検知する可能性がある。
どこまでが罠で。
どこまで本当なのか。
確かめる方法はない。
「以上をもって、閉会とする」
作戦部長が端末を閉じた。
立体映像が消える。
アレスの軍人たちも、赤い粒子となって退室した。
私は席を立つ。
「どちらへ?」
ピュリファイアがついてくる。
「部屋」
「保管庫は反対ですわ」
「部屋だってば」
管制室を出る。
通路には、まだ瓦礫が残っていた。修理作業の横を抜け、居住区画へ向かう。
ピュリファイアの足音。
一定。
距離は、三歩。
「いつ行きますの?」
「行かない」
「嘘」
「なんで聞いたの?」
「ご自分で口にすれば、少しは迷うかと思いまして」
迷っている。
ずっと。
一人で星へ向かうなんて、馬鹿だ。
ノワルミアの目的は私。
到着すれば捕まる。
いおどを返す保証もない。
分かっている。
でも、残り十八時間。
待てば待つほど、いおどは遠ざかる。
「ピュリ」
「はい」
「三年前、私を探した?」
足音が止まった。
振り返らない。
「探しました」
「どれくらい?」
「二日と十三時間」
すぐに答えた。
「会社からは?」
「撤退命令が出ておりました」
「一人で?」
「はい」
三年前。
手術台の上で。
私は、誰も来ないと思っていた。
実際。
誰も来なかった。
でも。
私を探していた人はいた。
「見つけられませんでした」
背後から。
静かな声。
「ですから。今度こそ、わたくしは間違えません」
私は目を閉じる。
「それなら、分かるでしょ」
「何がです?」
「待っていられない」
返事はない。
振り返る。
ピュリファイアは泣いていなかった。
怒ってもいない。
ただ、私を見ていた。
人の心を見透かすための目。
「分かります」
その一言だけ。
だから。
余計につらかった。
◆
自室へ戻り、扉を閉める。
施錠。
ピュリファイアは、ついてこなかった。
室内は、朝のままだ。洗面台には伏せた鏡があり、テーブルには三人分の皿が残っている。いおどの椅子だけが少し後ろへ引かれ、菓子箱の蓋は開いたままだった。勝手に食べるつもりだったのだろう。
「帰ってきたら、叱らないと」
声に出す。
返事はない。
端末を開く。
搭乗権限。
――停止。
格納庫への立入権限。
――停止。
変身バングルの管理権限。
――凍結。
当然だ。
会議で、そう決まった。
端末を閉じる。
制服を脱ぐ。
三年前に着ていた、桃色の装具へ袖を通す。
幻想公司の紋章。
古い規格。
今の管理系統から、切り離されている。
鏡を起こす。
死の魔法少女がいる。
十六歳ではない。
身体も。
力も。
あの頃とは違う。
「似合ってない」
鏡の中の私が、同じ口を動かした。
◆
格納庫の警備は、四人。
正面から入るつもりはない。
夢船の保守通路を進む。
狭い。
暗い。
三年前。
魔法少女隊が緊急出撃する際に使っていた経路。
今の職員は、ほとんど知らない。
途中の隔壁へ、古い変身バングルをかざす。
認証。
『幻想公司魔法少女隊』
『カワイイスパイス』
『ようこそ』
扉が開く。
管理権限は止められた。
でも。
忘れられた権限までは、止まっていない。
保守通路から、格納庫を見下ろす。
並ぶ機体。
大型輸送船。
救護艇。
近距離作業艇。
一番奥。
桃色の小型艇。
旧魔法少女隊専用、高速連絡機。
戦闘用ではない。
一人乗り。
長距離滑走には、ぎりぎり耐える。
あれならエグジラまで届く。
「本当に、止め方が甘い」
呟く。
柵を越え、飛び降りた。
◆
操縦席へ滑り込む。
会議終了から、二十七分。
起動。
古い機体が、低く唸る。
格納床を離れた瞬間、警報が鳴った。
『第七埠頭、無許可発進!』
管制から強制停止信号が届く。
応答なし。
するつもりもない。
操縦桿を倒す。
隔壁が閉じるより早く、桃色の小型艇は発進路へ滑り込んだ。
薄桃色の空へ飛び出した。
背後で、出口が閉じる。
もう戻れない。
搭乗記録を見る。
《搭乗者:該当なし》
管理系統に忘れられた魔法少女が、管理系統に忘れられた機体を持ち出した。
それだけだ。